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分派教団シリーズ⑬(教団紹介:神慈秀明会)

分派教団
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こんにちは、HIROROです。

今回は13回目の分派教団シリーズとしまして、
神慈秀明会さまを取り上げたいと思います。

一元化の記事でも軽く触れましたが、
1970年に秀明教会が離脱し神慈秀明会となりました。

ちょっとだけややこしいのは、秀明教会時代の
初代会長が小山美秀子氏、二代会長が息子の小山荘吉氏ですが、
美秀子氏が存命中の1967年に荘吉氏が秀明教会の会長を継ぎます。
その後、1970年に神慈秀明会となるため、神慈秀明会では初代会長が荘吉氏となり、
美秀子氏は会主と呼称されます。

『新宗教教団・人物事典』によりますと、

 信仰のあり方としては、明主(世界救世教教祖岡田茂吉)信仰を掲げ、
 明主直筆の御神体の奉斎、大黒天の奉斎、明主時代の「善言賛詞」の復活など、
 岡田教祖在世時代の信仰への復帰を目指す。

となっていまして、「保守」か「革新」かで言うと、実は「保守」だったかもしれません。
神慈秀明会から出された本は中真佐夫『みちひとすじ 神慈秀明会の歩み』を以前取り上げました。
また大黒天につきましては過去の記事もご参照ください。

同教団は積極的な布教活動で知られています。
HIROROが小中学生時代に帰宅途中の道で呼び止められて手かざしを頂いたのは、
もしかしたら神慈秀明会の信者さんだったかもしれません^^;
(※2013年に入信するまで岡田茂吉は知らなかったですが手かざしの存在は知ってました)

(1)教団名称・法人番号
神慈秀明会:4130005001753

(2)教団名称変遷
神慈秀明会 ※変更なし

(3)教団代表歴代
(会主)小山美秀子
(初代会長)小山荘吉(1967年~1984年)
(2代会長)小山弘子(1984年~

(4)教団本部・聖地
神苑(滋賀)
黄島(瀬戸内海)
クレストン(アメリカ・コロラド州)

(5)経典
『聖教書』

(6)新聞/会報
「秀明紙」

(7)美術施設
MIHO MUSEMU

(8)ホームページ
https://www.shumei.or.jp/

【参考文献】
『新宗教事典』(弘文堂、1990年)
『新宗教教団・人物事典』(弘文堂、1996年)
『宗教年鑑』(文化庁、各年度)
拙稿「岡田茂吉没後の世界救世教と分派教団」(駒沢宗教学研究会『宗教学論集』第四十一輯)

【過去記事】
分派教団シリーズ①(全体と先行研究の整理)
分派教団シリーズ②(法人番号とホームページ)
分派教団シリーズ③(教団名称の変遷)
分派教団シリーズ④(教団代表者歴代)
分派教団シリーズ⑤(教団本部の呼称)
分派教団シリーズ⑥(教団の経典と新聞・会報)
分派教団シリーズ⑦(教団の美術施設)
分派教団シリーズ⑧(教団紹介:新健康協会)
分派教団シリーズ⑨(教団紹介:救世主教)
分派教団シリーズ⑩(教団紹介:救世真教)
分派教団シリーズ⑪(教団紹介:ミロクコミュニティ救世神教)
分派教団シリーズ⑫(教団紹介:光明みろく会)

イラスト:きーろ様(Twitter*@ki_ro_iroiro)

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