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岡田茂吉はなぜ「五六七」と書いて「みろく」と読んだか?(超初級編)

論考
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こんにちは、HIROROです。

今回は「五六七(みろく)」について取り上げたいと思います。
HIRORO自身、入信以来「?」でしたので、簡単にまとめてみました。
タイトルの通り「超初級」ですので物足りないかもしれませんが、
また別の機会に「初級」→「中級」→「上級」と解説してまいります。

まず「五六七」と書いて「みろく」と呼称したのは岡田茂吉が最初ではなく、
岡田茂吉が立教前に所属していた大本でそのように呼ばれていました。

出口瑞月『霊界物語』(天声社、1926年)445頁より引用
(国会図書館デジタルコレクション、書誌ID:000000547374、238/255コマ)

出口瑞月『霊界物語』(天声社、1926年)465頁より引用
(国会図書館デジタルコレクション、書誌ID:000000547374、248/255コマ)

筆者の出口瑞月は大本の出口王仁三郎のことで、
同書の発行は1926年と岡田茂吉が立教する1935年より前でして、
ちょうど岡田茂吉が大本の宣教師として活躍している時期です。

さて、なぜ「五六七」で「みろく」と読むかですが、
こちらは千万年という数字が関係しています。

この数字の由来は釈迦の死後、五十六億七千万年後に
弥勒(みろく)菩薩が人々を救うために世に現れるという仏教の教えです。

 五十六億七千万歳
 ごじゅうろくおくしちせんまんざい
 釈迦の入滅から彌勒菩薩の出世までの年数をいう語。
 (『日本国語大辞典』より)

 出世
 しゅっせ
 仏語。仏が衆生を救うために仮にこの世に現われ出ること。しゅっせい。
 (『日本国語大辞典』より)

今回は超初級編のためここまでとさせて頂きます。
岡田茂吉の論文にはこの五六七に関する解釈がたくさん出てきますので、
次回以降で詳しく解説してきます。

イラスト:きーろ様(Twitter*@ki_ro_iroiro)

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