こんにちは、HIROROです。
今回ですが岡田茂吉文庫の第51弾としまして、
『谷元先生 求道と伝道のご生涯』下巻を紹介します。
(以前取り上げました上巻の続きとなります)
下巻では独立後から後藤英男氏(谷元先生)昇天までの
救世神教の教団史を中心に記されています。
元々の拠点が手狭になって現在の聖地・神恩郷の建設に至るまでや、
設計には黒川紀章氏に依頼したことなど大変興味深い内容が盛りだくさんです。
また信徒の実数も記されていまして(1973年に一万人を突破)、立教後の勢いを感じさせられます。
HIRORO的に一番気になりましたのは、後藤氏の昇天後とはなりますが、
1989年12月に世界救世教代表役員代務者の松本康嗣氏が
著作権問題の非を認め完全和解したという内容です。
これによって、救世神教ではようやく善言讃詞が復活したとのことでして、
1990年の立教二十周年記念信徒大会には松本氏も来賓として参拝、
以降、両教団の友好関係が築かれました(1997年にはキャデラックを平安郷に貸し出し)。
その他、EM菌を導入したことや茶室研究で著名な中村昌生氏との交流など、
(光風亭は中村昌生氏の設計です)
とても充実した内容となっていますので、是非とも手に取って読んで頂きたいです。
下巻(1971~1989年まで)の後藤氏の年譜は以下の通りです。
・1972年:新御神殿落成(大谷町)
・1973年:信徒一万人突破、欧米視察旅行
・1975年:大聖大日みろく大黒天をご奉斎
・1976年:世界救世教との間で「著作権に基づく差し止め請求」に関する和解成立
(以降、1988年の『神書』発刊まで教団発行資料にはみ教え・論文は使用せず)
神恩郷建設依頼のため黒川紀章氏を訪問
・1981年:神恩郷開苑、御遷座奉祝大祭開催
・1982年:光明みろく会離脱
・1983年:御車館完成(キャデラック復元)
・1985年:教祖殿(現・五六七殿)竣成
・1986年:中国視察旅行
・1987年:U会離脱
・1988年:EM菌導入、神教会館完成、欧州視察旅行、『神書』完成
・1989年:昇天
(同年、著作権問題に関し世界救世教と完全和解)
①タイトル
『谷元先生 求道と伝道のご生涯』下巻
②著者・編者
救世神教資料集成委員会
③出版社
救世神教
④出版年月
2016年8月
⑤サイズ
四六判
⑥頁数
427頁
⑦目次
第六章 教団立教
訣別の辞
五光紙
千手観音様
御証
無尽
光の玉
電話
五月
申請書
仕え人
祖霊大祭
キリシタン大黒様
認証書
地蔵尊
祝賀パーティー
御尊影
基本信条
尸解
大光明
光の浄霊
信仰のしるべ
新御神殿計画
飛躍
富士登拝
新組織
新御神殿
火と水と
一万信徒
観音来迎
欧米視察旅行
新聖地
大光芒
開発許可
飛鳥
大聖大日みろく大黒天
立教五周年記念信徒大会
ニューヨーク
第七章 聖地建設
聖地確定奉告祭
浄化
良書
提訴
五光食品
青年大会
講演
設計依頼
現地視察
復活祭
立教七周年決起信徒大会
神恩郷起工奉告祭
神恩郷基本設計
第二期計画完成奉告祭
神教会館
薪能
原発反対運動
明主様御神像
御柱建立
神教会館起工式
雅号
神教会館上棟式
御宝印
島本農法
謝恩会
御遷座
御遷座奉祝大祭
ご尊父
第八章 神恩郷の日々
御嶽山
竹筆
御光印
革正
御神像
百年祭
御神木
縄文杉
箒木
御木曳初祭
紅白梅図屏風
御復活のキャデラック
木造始祭
十二聖行
槍ヶ岳
宝珠
上棟祭
神界御経綸三十年
宝篋印塔
神教会館外壁
穂高連峰
徳本峠
香魚
茶席
その日は来る
竣成祭
五六七の日
美術勉強会
燕庵
織部
芙蓉の峰
山と木と水と
黄河
葛の種
離反
八ヶ岳
有用微生物群・EM
鶏舎入手
新人学舎
神教会館完成奉告大祭
特別参拝研修会
欧州旅行(1)
欧州旅行(2)
神書
揮毫
純粋霊性進化論
辰巳屋
イサム・ノグチ
金龍神
還暦
應無所住
歳末
新年祭
白山・密蔵院
熱田神宮
成人式
梅の間
時近む
その日
御昇天祭
谷神不死
あとがき 理事 山本志郎
イラスト:きーろ様(Twitter*@ki_ro_iroiro)
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