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『サンデー毎日』昭和30年3月6日号「お光り様異変 世界メシヤ教はどこへ行く」

論考
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こんにちは、HIROROです。

更新が滞り気味で申し訳ございません…。
ちょっと本業が忙しくてバタバタしています。。

そのような中、久しぶりに図書館に行く機会がありまして、
気になっていた雑誌や本をコピーしてきましたのでご紹介したいと思います。

今回は今から70年ほど前の『サンデー毎日』の記事を取り上げます。
たまたまネット検索してましたら同誌の昭和30年3月6日号
世界救世教(世界メシヤ教)の記事が載っていることを発見しまして、
図書館の書庫に保管されていることを事前確認して閲覧&コピーしました。

記事は岡田茂吉が亡くなった1955年2月10日から約1カ月後のものです。
4~11ページと計8ページの大ボリュームで書かれていますが、
前半は教団を揶揄するような内容ですが、後半は岡田茂吉・よ志をたたえる内容でして、
ちょっとチグハグ感がある不思議な記事となっています(複数の記者が書いた??)。

前半の内容としましては、

・葬式はチグハグだった(和洋神仏ごったの葬儀)
・雅楽を行った楽人は某神社のアルバイトだった
・出口王仁三郎の縮小版だ

などなど、かなり辛口です(笑)

中盤、教団の資産について「25億円を越える資産」という記事から
「このうち岡田一家の私財としては案外に少なく」と風向きが変わります。

そして後半は「睦じい楽隠居夫婦」「福祉事業に奉仕したい 二代様は語る」
「新事態に教団を民主化」「チームワークは崩れまい」と急に称賛記事となります。

HIRORO的に気になりましたのは、2月23日にサンデー毎日の記者が
二代教主・岡田よ志にインタビューを行っている内容です。

記者:お光り様は生神さまだったが、貴女は自分をどう思いますか。
よ志:教祖さまも決してみずからを生神様とは思っていなかったし、
   またそう公言したこともなかったはずです。ただ人間即神であると教えていた。
   それを信徒が誤解したものなら、私は修正してゆきたい。

岡田茂吉没後、わずか2週間後のインタビューですが、
この時点ですでに岡田茂吉が神であったことを否定しているのですね!

全文はお近くの図書館で借りて読んでみてください。
次回は同年9月18日号を取り上げる予定です。

コメント

  1. Brenn より:

    Hiroroさん
    お世話になっております。

    こんかいも面白かったですね!
    またこの図書館へ行かれることがあればインタビューの文を写真撮ってくれますか?
    私は日本に住んでいませんのでこのような資料はとても手に入れないものです。。。

  2. Rubens Buys より:

    HIROROさん、おはようございます。ブラジルに住んでいる私はもしその資料のPDFがいただけたら幸い極まりですが、よろしくお願いします。

    • HIRORO HIRORO より:

      Rubens Buys さま

       コメントありがとうございます。
       ファイル送りましたが届きましたでしょうか?
       宜しくお願いします。

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